フォロンの図録「Folon a Lucca」 |
2003年5月11日から6月22日かけてイタリアはトスカーナ州ルッカ県(Provincia di Lucca)のコムーネのひとつルッカにあるドゥカーレ宮(Pallazo Ducale)を会場に行なわれたフォロンの展覧会の図録。フォロンのインタヴューなどを読むと、青年時代にトスカーナ地方を訪れたことのあるフォロンにとって、ルッカは特別な街として深く記憶に刻まれており、この街での展覧会に込める気持ちは格別なものであったに違いありません。
フォロンのイタリアに寄せる想いの原点は、展覧会から半世紀も前の1950年代初頭まで遡ることになります。単調な建築の授業に興味を持てなくなり、建築家への道をあきらめ、心のなかにある想いを確かめるべくベルギーを飛び出したのがフォロン十八のとき。その足でヨーロッパ各地を訪ねて回り、イタリアではトスカーナ地方の街、シエナやサン・ジミニャーノ、そしてルッカに足を延ばしています。ルッカの旧市街は、16世紀から17世紀にかけて建てられた城壁に囲まれ、今も旧い街並みが保存されており、フォロンが好む“時間を味方に付けた”イタリアの都市のひとつです。フォロンはそこで、狭い路地を抜けると現われる大きな広場と教会のある旧市街に深い感銘を受け、学業では見い出せなかった建築における美を発見したのです。
フォロンが描いたポスター用の原画(図版1)と図録のカバーとは若干色調が異なっており、フォロンが両者を描き分けた可能性もあります。図録の画面は、ポスターの構図から中心部分を切り取ったものですが、フォロンはそれを、デッサンに変更を加えず新たにひとつの図像として成立させるために、天使と背景の色濃度を高めることで、タイトな画面へと作り変えています。その結果、背景のオレンジは、暁や落陽の空の色、あるいはルッカの街の建物の屋根の色を想起させるものへと変容しています。フォロンはこの天使を、ルッカの街の中心にあるサン・ミケーレ・イン・フォーロ(San Michele in Foro)教会のファサードの頂上部に立ち、ルッカの街を見守る大天使、聖ミカエル(San Michele)の像を念頭に描いています。翼を付けたブルーマンとして表された天使は、聖ミカエルの象徴のひとつである孔雀の尾羽のような文様の翼を有し、ルッカの街を象徴するオレンジの屋根を背景に飛翔する姿で描かれています。フォロンによると、この天使の翼の色は、ルネサンスの画家フラ(ベアト)・アンジェリコの傑作「受胎告知」(サン・マルコ修道院)の天使の翼の色を模したそうです。一方、その形態は、孔雀の尾羽というより、教会のファサードを形成する白、ピンク、緑色の大理石を使った円柱を模しているように見えます。そこにはフォロンのイタリアの街と建築、そして絵画にたいする深い畏敬の念が表されているのではないでしょうか。また奇しくも大天使の名であるミカエルはフォロンのミドルネームのミシェルの語源となっており、教会の建つローマ時代の広場を意味するフォーロ(Foro)という言葉の響きがフォロンを感じさせ、フォロンがこの街に特別な印象を抱いたことは想像に難くありません。
フォロンはこの年、ルッカ出身の作曲家ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)の歌劇「ル・ボエーム(La Bohème)の舞台セットと衣装デザインも手掛けており、この舞台セットと衣装は今日まで使われ続けています。
時は移り、《MANGA》ブームに沸くヨーロッパでは、フォロンの展覧会が行なわれたドゥカーレ宮でも近年、美術の展覧会以外に、日本の漫画やアニメなどを紹介するイヴェントも開催されているそうです。