フォロンのポスター「I MANIFESTI DI FOLON」 |
1987年、イタリアのヴェネト州の中心部に位置する小都市ヴィチェンツァで、フォロンのポスターに焦点をあてた展覧会「I MANIFESTI DI FOLON」が行なわれています。フォロンは同じ年に、ルネサンスの建築家、パッラーディオ(Andrea Palladio、1508~1580)によるヴィチェンツァのオリンピコ劇場の再開のポスターを制作し、100点のポスターをキエリカーティ絵画館(Museo di Palazzo Chiericati,Vicenza)に寄贈しています。展覧会では、1971年から87年までに制作されたポスター83点が展示され、フォロンのイタリアにおける契約画廊、Galleria Nuagesから展覧会のカタログが同時に出版されています。
画像2:ポスター展のカタログ、1987年刊、[題名]I MANIFESTI DI FOLON、[サイズ]270x242x8mm、[出版者]Edizioni Nuages(Galleria Nuages,Milano)、[印刷]Elli&Pagani,Milano
このカタログの表紙と展覧会のポスターは同じ図柄で、ポスターでは、フォロンのオリジナルの水彩画を挟むように、カラフルに色付けされた手書きの書体によるタイポグラフィーが上下に配置されています。ここでもフォロンの常套句である青色の山高帽を被った男が登場しますが、珍しく横向きに描かれています。通常、背景の中に場所や時間を表わす要素を組み込む構成が多いのですが、このポスターの場合、男(フォロンの自画像)が被る青色の帽子は鳥が飛翔する青空に、顔は朝焼けに染まり,目は太陽に、また胴は海へとそれぞれ変容しています。それはフォロン自身の内的なヴィジョンで、誰にでも脳裏に思い浮かべることのできる、日常的な暮らしのなかで出会った感動を紡ぎ合わせてできたフォロンにとっての理想の世界の姿を視覚化したものです。
しかしながら、そのどこか安らぎを覚える情景はフォロンと見る側の幸福な思いが生み出した束の間の幻影に過ぎず、実は現代社会という実像に対する裏返しの批判だとしたら。これこそ「ユーモアとは、悲劇的な事物を、悲劇的には語らないと決意することである」というフォロンのユーモア精神の宣言を示すものといえるでしょう。そして、そこにはやはりフォロンらしい仕掛けが用意されています。お気付きの方もいるかと思いますが、“横向きに描かれた山高帽の男”を見て?!と思った方は正解。そう、この青い帽子の男は、18世紀末のスペインにおける保守的教会とカルロス四世治下の秩序に対する辛らつな風刺とされる版画集「ロス・カプリチョス」(1799年刊)の作者、ゴヤ(Francisco de Goya y Lucientes、1746~1828)が版画集の冒頭に掲げた自画像を下敷きにしているのです。
何故ゴヤなのかといえば、それはゴヤの風刺や批判の精神はもとより、フォロンにとって1987年がちょうど、ゴヤが80点の銅版画からなる版画集「ロス・カプリチョス」を発表した年齢と同じ53才の年にあたり、それに合わせ、80種類、83点のポスター作品による展覧会を行ない、そのカタログを刊行するというシナリオを描くことができたからです。
「ロス・カプリチョス」を自費で完成させたゴヤは、1799年2月6日付けの「ディアリオ・デ・マドリード」(マドリード日報)紙に「ロス・カプリチョス」販売の宣伝広告を出し、情熱にかきたてられた人間の心の中にのみ存在する錯誤や悪徳を糾弾し、あらゆる市民生活に巣食う狂気と失態を批判することは絵画の目的でもあり得ると宣言しておきながら、身の危険を感じると、すぐに販売を中止し、作品を回収して原版とともに国王に献上するという離れ業をやってのけます。そこでフォロンもゴヤの顰にならい、100点のポスターを寄贈するというユーモアも、ちゃんとシナリオに付け加えています。