フォロンのポスター「L'Amour nu」 |
前回取り上げたシングル・レコード「L'homme sous la mer」と同じイメージが使われているフォロンのポスター「裸の愛(L'Amour nu)」。ポスター成立の過程が判らず、記事を書きそびれていた(?)ポスターのひとつです。写真は既に何度も撮っているのですが、保存してあった画像がPCのOSが壊れた際に全て消失してしまったので、今回、再度撮り直しました。しかし、いかんせん安物のコンパクトカメラゆえ、解像度が低いのが難点です。
この映画の広告用ポスターには、映画のスチル写真をもとにしたと思われるものや、ヒロインを描いたイラストレーションなど、幾つか異なるヴァージョン(注1)があるようですが、フォロンがデザインしたポスターは、映画のストーリーに沿ったものではなく、この映画の主題を自身の解釈として視覚化したフォロンのオリジナルです。愛という心の中の現象を描くに当たって、フォロンは愛の表象であるハートを太陽に見立ています。幸福感に満ちた暖かな日差しを放った太陽も、日暮れとともに、一際美しく輝く最後の一瞬を境にして、冷たく暗い海の底に沈んでいきます。フォロンはその姿に、ひとつの心象風景として、肺癌に罹ったヒロインと自身が演じた海洋学者との恋の行方を重ね合わせたのかもしれません。
フォロンのハートを用いたポスターのなかで印象に残るのは、刷り師のジャック・マルケがパリに設立したマルケ画廊(Galerie Marquet, Paris)で1973年に開催された、28人の現代作家によるハートをテーマとした作品を集めた展覧会の告知用ポスター「28 coeurs d'artists contemporains」と、それに関連して制作されたマルケ画廊の広告用のポスター「Editions Galerie Marquet」です。前者は、トランプのハートの意匠を借りてデザインされたポスターで、後者は、フォロンによれば、パリの小さな店先で見つけた、先にひもを通すためにリングのついた小さなハートが切っ掛けとなっていて、都市の建物を見下ろす高さに張られたハートのリングを通した紐を渡る綱渡りというアイデアに結びついたポスターですが、単に想像に過ぎなかったものが、その翌年、フランスの大道芸人フィリップ・プティ(Philippe Petit、1949- )が、ニューヨーク市にあったワールド・トレード・センター(The World Trade Center )の二つのビルの間に綱を張り、そこを命綱なしで渡ったという新聞記事を読み、想像していたものが現実のもとなった、と語っています。
見慣れ過ぎているせいか、ある意味非常に陳腐にも見えてしまう図形としてのハートですが、それを敢えて主要なモチーフとして繰り返し用いているのは、フォロンよりひとつ年下のポップアートの作家ジム・ダイン(Jim Dine, 1935-)です。ダインの場合、ハートそのものには象徴的な意味を持たせず、シュルレアリスムの手法であるデぺイズマンを彷彿させる、互いに関連性を持たない異なる意味を重ね合わせているようです。しかしながら、そこに何かしら詩的な感情を誘発させる意図を含んでいるようにも見えなくもありません。
このポスターは映画会社からの依頼ではなく、フォロン自らが創作意欲を掻き立てられ、自発的に制作したという点において、フォロンの映画ポスターの中ではユニークな存在であると言えます。
注:
1.