フォロンのポスター「Aujourd’hui l’Ecologie」 |
1980年頃、セーヌ河に浮べた船「Blue Shadow(青い影)」を自らの住居(?)兼オフィスとしたフォロンは、Blue Shadowの名でポストカードやポスターの出版を始め、後には版画作品の出版も行なうようになります。ただし、実際の業務は地上のオフィスで行い、日本風の桧風呂を設えた船はもっぱら来客の接待に使っていたようです。このBlue Shadowの設立に一役買っていたのが、イタリア、ミラノの大画廊Galleria del Milioneの二代目経営者であったPaola Ghiringhelliです。画廊は彼女の父親が開いたもので、フォロンの言葉を借りると、「彼女の父上のジーノは偉大な画家でしたが、また、デ・キリコやカッラ、シロー二、そしてとりわけジョルジョ・モランディの友人となった人です。当時こういった画家たちを認めてくれる画廊がなかったのですが、自然ななりゆきでジーノはガレーリア・デル・ミリオーネを設立し、自分の気に入った画家の作品を展示したわけです。彼は画家たちと運命を共にし、モランディについてはその生涯の画商となったのです。」(1995年のフォロン展カタログより抜粋)とあります。その父親譲りの性格なのか、彼女は1970年に、まだ画廊での作品発表を始めて間もないフォロンのイタリアでの最初の個展を自らの画廊で開きます。その後、画集の編集に加わるなどしてフォロンの仕事を支えるようになり、70年代中頃ではないかと思うのですが、ついにはフォロンと結婚することになります。したがって、Blue Shadowの経営は勿論のこと、出版に関しても、画廊を経営し、ヨーロッパの現代作家の版画やポスターの出版も行なっていた彼女が采配を振るっていたようです。その最初の仕事は、1980年出版のポスター「Blue Shadow」のアートディレクションで、「Aujourd’hui l’Ecologie」は二番目となります。
ポスターは、「今日の地球環境の変化が自然界に及ぼす影響と問題」を赤い矢印とAUJOURD’HUI(今日)の文字で、また「それを如何に理解し、生物の生存のための(物理化学的な意味での)環境保護を進める必要性」を青い矢印とL’ECOLOGIE(生態学)の文字を用いて表わしています。二つの相反するエネルギーと方向性を示す赤と青の矢印は、それぞれの意味する言葉を指し示す記号としても用いられており、二つの言葉の関係性が視覚的に表現されていると言えます。エコロジー(生態学)が、生物と環境との関係を捉える視点から、環境そのもの変えてしまう人間の行為に歯止めをかけ多様な生物の生存を維持するための「環境保護」的な意味合いに変化していったのは、人間の作り出した環境が自らの生存を脅かすことになりかねなくなってしまったからに他なりません。それは同時に、人間の都合で作り出された環境が多くの生物の生物リズムを狂わせ、結果繁殖にも多大な影響を及ぼしてきたことを意味します。このポスターが制作されてから四半世紀が経った今、目に見える環境破壊とは別に、オゾン層の破壊による有害な紫外線の照射や二酸化炭素の増加による地球温暖化という、地球における生命システムそのものへの影響が顕著になってきました。
そのような危機的状況さえもビジネスの俎上に乗せてしまおうという訳か、昨今、日本でも企業の多くが「環境保護」を唱え、「地球にやさしい」「環境にやさしい」をキャッチフレーズに、エコ(生態学⇒環境に配慮し、経済的)を謳った商品を次々と発売しています。なかでも低燃費、低排気ガスの日本車はアメリカで爆発的に売れており、トヨタの年間販売台数は1000万台に迫る勢いで、その純利益は一兆円とも言われています。排気ガスと言えば、二酸化炭素の総排出量も決められ、その売買も行なわれるそうです。そうなると、日本は高い技術力で国内の削減目標を達成し、他国の排出量を引き受けることでまたぞろ貿易黒字を増やすことになる(?)のかもしれません。
古代ギリシャの家政機関であるオイコスに倣い、自然界の生物の生存活動を論理的に説明しようとする学問になったエコロジーですが、同じくオイコスを語源とするエコノミー(経済学)とは論理の進め方が似ているところもあるようです。国内で盛んに使われるようになったエコと言う言葉は、このエコロジーとエコノミーの同義性に着目し、二つを合体させた企業戦略なのかもしれません。企業の業は生産のために膨大な量の地球資源をむさぼり食うことですが、それを負い目として持つところに企業の倫理観が生まれてくる筈です。が、それとは反対に、企業自体を生態系の中に組み込まれた機能として捉え、人間と自然との互恵関係を生み出す存在であるかのようなイメージを植え付けるために、「地球にやさしい」とか「環境にやさしい」という言葉が使われているように感じますし、このような一種の刷り込みによって、エコロジーが、単にひとつの言葉として、「やさしい」と同義的に捉えられ、消費行動に巧みに結びつけられているとしたら...
画像3,4:シートの左下および右下の部分