フォロンのカバーアート「Olivetti memopad」 |
今年2008年は、イタリアの事務機器メーカー、オリベッティ社の創立100周年にあたり、記念の催しも幾つか予定されていると聞きます。同社のサイトを開くと、100という数字とともに、One hundred years of Olivetti culture of innovation and design(革新とデザインの文化、オリベッティの百年)のフレーズが浮かび上がります。オリベッティ社は1950年代から60年代にかけて、多くのトップデザイナーを、製品のみならず広告用のポスターやノベルティグッズのデザインにまで起用、タイプライターの一時代を築き上げた企業です。なかでも、エットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass, 1917-2007)が1969年にデザインしたバレンタインは、ボディにプラスチックを用い、それまでのタイプライターの概念を変えました。本体を収めるケースがバケツに似ているところから『赤いバケツ』と呼ばれ、タイプライターのフェラーリとも思えるような真赤な塗装を施し、価格も一万円台(14,500円と記憶するが定かではない)に抑えられていたため、特に女学生に人気がありました。最近その復刻版が製造され、再び人気を博しているようです。ただキーのストロークが長いため、続けて打鍵すると途中で絡まったりすることが多かったように思います。わたしが購入したのは、ポータブル・タイプライターの中では一番高かった、レッテラDLという黒と銀のツートンの渋めのタイプもので、定価は45000円だったように記憶しています。田舎者のわたしは、浅はかにも、活版印刷のような美しい印字を期待していたのですが、手動で打った文字の擦れや不揃いが気になってほとんど使わないままになってしまいました。何年か後、仕事場となった図書館の片隅に置いてあったのが、重量が10kgはあろうかと思える頑丈なボディーを持ち、ボール式のタイプフェースが目にも止まらぬ速さで回転しながら文字を印字するIBM社製の電動マシーン。オリベッティ社にも電動タイプライターはありましたが、IBMの無骨とも思えるマシーンの持つ迫力(価格も超努級)は、デザイン云々とは全く別の力の凄さを見せ付けられた思いがしました。我がレッテラDLが再びお目見えするのは、海外から美術書を購入するようになってからですが、印字に濃い薄いが出るのがいやで、指だけで腕立て伏せをして指の力を付けようと涙ぐましい努力をしたものですが、海外から返事の手紙を見ると、誰も文字の薄い濃いなど気にしているような人はおらず、意味の無い努力に時間を費やしていたことに気付いた次第。今でも人とってどうでも良いように見えるものに、つい気が行ってしまうのは、そんな性分からきているのかもしれません。
フォロンが表紙をデザインしたメモ帳は、バレンタインが発売された頃に作られたのではないかと思います。2006年にオリベッティの歴史資料館(Associazione Archivio Storico Olivetti)で復刻され、日本国内でも販売されていますが、オリジナルとの違いはほとんど無いようです。手元にあるものはフォロンが友人に贈ったオリジナルですが、メモ用紙は使われ、表紙だけ切り離されたものです。タイプライターを使って文字を書く、現代的で無機質にも見える行為を、帽子の男が文字の花を摘む姿という、詩的な表情を持つ画面へと生まれ変わらせるところがフォロンらしく、芸術とテクノロジーの調和を目指していたオリベッティにして可能となった一品と言えます。