フォロンのシルクスクリーン版画「Voir」 |
ジュネーヴのアリス・エディションズから1979年に出版された、フォロンのシルクスクリーンによる版画作品、「Voir(見る)」は、同年開催のカンヌ国際映画祭のポスター用に考案された構図をそのまま使い、ポスターの上部を切り詰め、色調を若干変更したものに、新たに縁どりを加え版画作品にしたものです。
フォロンはこの年と前年のカンヌ国際映画祭(Festival International du Film, Cannes)の公式ポスターのデザインを二年続けて依頼されています。1979年のポスターでは見るということをテーマにイメージが作られていて、映画、カンヌという場所、フォロンの印象などが視覚化された記号として画面のなかに取り入れられ、フォロン独自の造形言語を作り出しているのです:
――通常私たちが外界を見るときに使う目の他に、第3の目と呼ばれるものが山高帽の中に描かれていて、それはこの世界にあるすべてのことを見ることのできる創造者の目でありまた、私たちがスクリーンに映し出された仮想の現実を見るときの状態、すなわち「映像を見る側の世界」と「画面のなかにある別な世界」との絶対的な距離の意識を表わすものにもみえます。
ポスターのほうでは、「見る」ということを視覚的に強く意識させるために、目の周囲を少し明るめにし、目そのものの存在を際立たせています。目玉の部分はポスターでも版画でもいずれも白抜きになっているので、その白く丸い形が何かを象徴しているのではないかと考えられます。事実、個展用に制作されたポスター「Galerie Alphonse Chave」は目玉が太陽を表わしていましたから、この白抜きの目玉は満月ということになります。地平線の近くは未だ太陽の光を残す明るい黄色、そして夕焼けの空の茜色から天井部の冷たく濃い青色へと、映画祭が行なわれる時刻の空の色模様を得意のグラデーションで表わしています。そうであれば、太陽が沈んだ後の夕暮れの空に浮かぶ、白い月という情景を伝えるための意味も併せ持つ記号としての機能を目に持たせていることになりなす。さらには、この白抜きの瞳を映画が投影されるスクリーンとみることもできるでしょう――
このように、複合的な意味内容がそれぞれに呼応する色彩によって表わされ、ひとつのイメージに統合されたものがフォロンのポスターであり、単なる情報伝達のための媒体にはない、作品としての魅力がそこにあります。
一方、版画作品には幾つかの変更が加えられ、ポスターに与えられていた、映画際に関係する意味が取り除かれています。そしてそれは、フォロンが実際に見たであろう夕暮れの幻想的な光景から、一日の終わりを告げる、想像を絶する死の美しさへの感動と、それを創造する者の存在を感じる瞬間を視覚化した別の作品へと変貌を遂げています。