フォロンのポスター「L’Arbre」(2) |
画像1&2:フォロンのポスター、「L’Arbre」(1)、「L’Arbre」(2)、1974年制作
[サイズ]750x540mm、[技法]Silkscreen(Serigraph),[出版者]Editions Marquet(=Galerie Marquet),[刷り]Jacques Marquet,Paris
フォロンのオリジナル・シルクスクリーンポスター「L’Arbre」に、先に紹介したものと異なるヴァージョンのものが見つかりましたので、前回アップした画像と並べてお見せいたします。
このポスターは、当時フランスで最も優れた刷り師の一人であったジャック・マルケ(Jacques Marquet)が刷りを行なっており、フォロンは、60年代後半から70年代中頃にかけて、彼と共同で数多くの作品を制作、出版しています。そのジャック・マルケが経営する画廊Galerie Marquet あるいはEditions Maquet の名で出版されたポスターのなかに、同一主題で複数のヴァージョンを持つものが存在しています。「L’Arbre」もその内のひとつで、今回見つかったもの以外にも未だ別のヴァージョンがあるかもしれません。
ふたつのポスターを見比べてみると、モチーフや背景、タイポグラフィーなど、個々の部分には、グラデーションの有る無し、色の濃淡の違い、同系色でも彩度の異なるものを使うなど、幾つかの違いがあるものの、それらがさほど目立ったものではないため、両者は全体的にはよく似た色調の作品になっています。ふたつが同工異曲のものであるとするならば、部分的であっても対照的な色を配するなどして、その違いを引き立たせようとしているはずなのですが、ふたつのポスターに見られる違いは、両者を峻烈に区別するためのものではなくて、作品の完成度を高めるために作られる「試し刷り」と呼ばれる試作品のなかで見られる、配色における微妙なニュアンスの違いとか色に対する無意識の志向のような「こだわり」が、刷り師の高度な技術を介して反映されたものではないかと思います。
「試し刷り」は、作家の制作過程における思考や試行が残された貴重な記録として、通常販売されずに版元や作家の手元に保管されています。それらが市場に出てきたと考えられなくもありませんが、私自身はそれに組するよりも、一流の刷り師であり、さらに版元と画廊主という一人で三役をこなすジャック・マルケとフォロンの遊び心が、ローコストで制作されるポスターの制約を乗り越え、新しい表現の場としてのポスターの有り方を目指した結果である、と思いたいのですが。
ポスターの印刷部数は版画と比べて遥かに多いので、それを逆に利用し、ポスターに与えられた意味内容や全体的な色調を損ねることがなければ、さまざまな表現上の創意を試すことが可能となります。それは作家の創造力を刺激し、ひとつの主題から幾つものヴァリエーション=作品を生み出すことができる、-そんな考えの元、刷り師ジャック・マルケとフォロンがともに制作の現場のなかで、試し刷りという作品制作の過程自体を、ひとつひとつの作品創造の場に変えていったのではないでしょうか。
それにはフォロンの作家としての資質も大きく作用していると思います。デッサン家としてデヴューしたフォロンの初期のポスター、特にシルクスクリーンポスターには、着色された下絵が無く、墨一色で描かれた主版用のデッサンがあるのみです。このことが、様様な色の組み合わせという刷り師との共同作業の比重を大きくし、フォロンの作品作りに通常ではありえない発展をもたらしたのではないでしょうか。そういう意味では、60年代後半から70年代中頃にかけて制作されたシルクスクリーンによる版画とポスターは、フォロンとジャック・マルケの共同作品であったと言えるのかもしれません。
残念ながら、フォロンのポスターカタログや展覧会の図録には、このような複数のヴァージョンのある作品に関する記述が無く、現時点では、ひとつひとつの事実を積み重ねていくほかありません
それはそうと、ポスターの価格について言えば、今やコレクターズアイテムとなってしまった、ウォーホルやリキテンスタイン、ジャスパー・ジョーンズ、そして我が横尾忠則の60年代に制作されたオリジナル・ポスターでさえ、80年代中頃までは、僅か数十ドルで入手できました。フォロンのポスターも、やはりポスターと言うだけで、価値が無いと思っている人が多くいますが、優れたポスター作家は、そこに絵画や版画作品で到達することが出来ない、作品創造の場としての可能性を見ており、事実それぞれの作家独自の、われわれを魅了して止まない作品的世界がそこにはあります。フォロンだから安いのか、フォロンはまだ安い!のか?
画像3:フォロンのポスター「L’Arbre」(1)
画像4:フォロンのポスター「L’Arbre」(2)